【オピニオン】[玉津博克 元石垣市教育長]沖縄戦の不都合な真実(1)

元石垣市教育長

玉 津 博 克

私はこれまで、県史編纂室や、県平和記念資料館に勤務していたこともあって、県内の研究者とは交流があります。そこで出会った沖縄戦史研究者の多くは、沖縄の米軍基地の存在を否定している方が多いように見受けられます。そんな方々の沖縄戦研究は、米軍基地を否定する論理と、日本軍に対する激しい嫌悪感が滲んだものとなっています。つまり、反軍思想を根底にした沖縄戦研究の結論は「軍隊とは殺人組織である」「軍人は住民を守らない」「沖縄戦は本土防衛、国体護持のための時間稼ぎ」という結論になるのです。ですから、どの本を読んでも「日本軍=悪の権化」という結論に導かれます。

戦後の沖縄は、政治も思想も揺れ動きながら進んできた経緯があります。終戦直後は反日親米、六〇年代は親日反米、復帰後は反日反米という流れの中で、沖縄戦研究はその時々の世論の影響を受けながら軍隊邪悪論で一貫しています。よって沖縄戦は、イデオロギーや感情をベースにした研究が多々見られるようになってしまいました。

ですから、今後の課題として、イデオロギーから離れ、資料・文献に基づいた冷静で客観的な立場からの沖縄戦研究を進めていかねばなりません。

ところで、私たちは歴史とどう向き合うべきか、どう学ぶべきででしょうか。そこで文部科学省の中学校学習指導要領「歴史学習」の部分を紹介します。

「歴史的事象に対する関心を高め、我が国の歴史の大きな流れを、世界の歴史を背景に、各時代の特色を広い視野に立って考えさせると共に、我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」

とあります。では、現在の沖縄戦研究は、このような歴史学習に適しているでしょうか。残念ながら「否」です。その理由は「我が国の歴史に対する愛情」が欠如しているからです。

国家の独立を保障しているのは、軍隊です。しかし、我が国では憲法九条の縛りによって軍隊という言葉も概念も学校で教えることはできません。軍隊邪悪論による沖縄戦研究では、歴史に対する愛情も、国民としての自覚も育むことはできません。

沖縄戦で悲惨な出来事ばかりを強調して教えると、子共達は戦争について思考停止に陥ってしまいます。このことを議会で答弁した際、撤回を要求したある議員が「自分に言われたみたいだ」と言いました。私は、議員ですら沖縄戦に関して思考停止に陥っていることを理解しました。このような教育はあってはなりません。(②に続く)

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