【オピニオン】防人の眼差し(1)砂辺馬場公園

①北谷町・砂辺馬場公園

今号から不定期にて沖縄戦に於ける戦跡を米軍の本島上陸から辿る「防人の眼差し」を掲載いたします。当時の将兵が見た景色を中心に戦跡を紹介していきます。

第1回は、北谷町の北西に位置する砂辺馬場公園です。この公園からは、北谷・嘉手納・読谷の海岸線を眺めることが出来ます。

昭和20年4月1日、米軍の公刊戦史に「まだ明けやらぬ沖縄近海には、中部太平洋艦隊の艦船約1300隻が集結を完了していた」とあるように、沖縄の海は艦船で埋め尽くされ「船7に対して海3」と表される絶望的な景色が広がっていました。

公園から北側の読谷・嘉手納・北谷の海岸線を眺める

米軍は朝7時前より空爆を開始し、上陸準備を開始します。米軍はそれまでのサイパン島、ペリリュー島、硫黄島などの激戦で、上陸時に日本軍の頑強な抵抗に遭った経験から執拗に艦砲や空爆で日本軍陣地に事前に攻撃をしています。

そして午前8時頃、米軍の四個師団が上陸をはじめます。5波から7波に分けられた上陸艇が海岸線に向かってきます。第三十二軍は、賀谷支隊(1コ大隊)と特設第1聯隊を海岸の防衛に充てていましたが、散発的な抵抗をしたのみで、大きな被害を与えることは出来ませんでした。

上陸は約1時間で完了し、その後目標地点である北飛行場と中飛行場を占領しました。そして上陸した部隊は北部の国頭と、南部の首里に向けて前進します。しかし、ここからが長く激しい戦いの始まりでもあったのです。

現在の砂辺馬場公園は、周辺に米軍住宅が多いことも有り、日本人の家族だけではなく、米軍の家族も入り交じって賑わっています。

海を艦船が埋め尽くしたという当時の情景は、今ではなかなか想像しにくいかもしれませんが、約70年前、確かにここに米軍が上陸したこと、そして日本の将兵が、祖国と家族を守る覚悟を持って、当時の絶望的な景色を見つめた事を、忘れてはなりません。

砂辺馬場公園(北谷町砂辺1-4)

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