[平成最後の日]御製で振り返る平成の三十年(平成三十一年四月三十日)

平成の三十年間・歌会始(うたかいはじめ)での天皇陛下御製(ぎょせい)

↓↓印刷用PDFダウンロード↓↓

平成の三十年・歌会始での天皇陛下御製

御製(ぎょせい)とは
御製とは、天皇や皇族が手ずから書いたり作ったりした文章(政令の類は除く)・詩歌・絵画などをいう。一般に歴代の天皇が詠まれた和歌を御製と称する。また「御製」と書いて「おおみうた(大御歌)」と和語で読む場合(歌会始など)もある。日本では天皇および皇室、皇族に関する敬語の一つである

歌会始(うたかいはじめ)とは
・元々は、上代にて皇族・貴族等が集い和歌を披露しあう「歌会」で、その年の始めに行うものを指す。現在では、年頭に行われる宮中での「歌会始の儀」が特に有名である。
・宮中歌会始は、江戸時代からはほぼ毎年開催され、少しずつ変化をしながら現在に至る。
・明治7年、一般国民からの詠進も広く認められるようになり、明治15年以降は、天皇の御製や一般の詠進歌が新聞や官報などで発表されるようになった。
・昭和22年より、現在のように皇族のみならず国民からも和歌を募集し、在野の著名な歌人が選歌の選考がなされるようになった。これにより、上流社会の行事から一般の国民が参加できる文化行事へと変化を遂げた。
歌会始 - 宮内庁

平成2年 お題「晴」

御製

ちちぎみひてづる晴れし日の宮居みやいの道にもみぢばは照る

※本来は昭和64年歌会始のお題であったが、先帝の崩御に伴い中止となった。
平成2年は「昭和天皇を偲ぶ歌会始」と題された。

平成3年 お題「森」

御製

いにしへの人もまももとの森のさかえを共にねがはむ

平成4年 お題「風」

御製

白樺しらかばかたきつぼみのそよ風にるるをつつ新年にいどし思ふ

平成5年 お題「空」

御製

外国とつくにの旅よりかえる日の本のそらあかくして富士ふじみね

※平成4年、中華人民共和国からのお帰りの際ではないかと拝察される

平成6年 お題「波」

御製

なみたぬ世をねがひつつあたらしき年のはじめをむかいわはむ

平成7年 お題「歌」

御製

人々のすごししさまを思ひつつ歌の調しらべのながるるを聞く

平成8年 お題「苗」

御製

やまれしいくさのち年々としどし苗木なえぎゑこし人のしのばる

平成9年 お題「姿」

御製

うちつづゆたかなる緑にてみの稲穂いなほの姿うれしき

平成10年 お題「道」

御製

大学だいがくしかたしめ展示てんじ見つつくにひらけこし道を思ひぬ

平成11年 お題「青」

御製

公害こうがいしもみの青葉あおばしげりさやけき空にいよよのびゆく

平成12年 お題「時」

御製

おおいなる世界の動き始まりぬ父君ちちぎみのあとぎしときしも

平成13年 お題「草」

御製

父母ちちははでまししはな思ひつつ我妹わぎも那須なす草原くさはらを行く

平成14年 お題「春」

御製

園児えんじらとたいさんぼくをゑにけり地震なゐゆりししまはるふかみつつ

※阪神淡路大震災被災地ご訪問の際の御製。
地震ゆりし島とは、淡路島のこと

平成15年 お題「町」

御製

我がくにたびかさねきて思ふかなとしごとまちはととのふ

平成16年 お題「幸」

御製

人々のさちねがひつつくにうちめぐりきたりて十五年じゅうごねん

天皇陛下には、ご即位後も日本の各地をご訪問になり、平成元年以来この十五年間で、全ての都道府県をご訪問になりました。ご訪問市町村数は四〇一、ご移動距離は約十二万キロ、地球三周に当たります。この御製は、国民の幸せを祈られながら重ねられた旅の十五年を振り返ってお詠みになったものです。

平成17年 お題「歩み」

御製

いくさなき世をあゆみきて思ひづかのかたき日を生きし人々

本年は終戦六十年をむかえるが、この御製は、六十年前、さきの大戦のために筆舌に尽くしがたい苦難の日々を生きた人々に思いを馳せて詠まれたものです。

平成18年 お題「笑み」

御製

トロンハイムの運河うんがを行けば家々いえいえの窓より人らみて手を振る

平成十七年はノルウェーとわが国との国交樹立百周年に当たっていたところ、両陛下はその五月に同国を国賓としてご訪問になった。
この御製は、ノルウェー国王の戴冠式も行われた同国北部の古都トロンハイムを訪れ、メッテ=マーリット皇太子妃殿下と共に船で運河を航行された時のことを詠まれたものです。

平成19年 お題「月」

御製

つとへ歩み速めて帰るみち月の光は白くらせり

宮殿での認証官任命式をお済ませになり、御所へお帰りになる時の情景をお詠みになった御製である。

平成20年 お題「火」

御製

炬火台きょかだいに火は燃えさか彼方かなたなる林は秋の色を

昨年の九月末、秋田県で開催された国民体育大会の開会式にご臨席になった折の情景を詠まれた御製。

平成21年 お題「生」

御製

生きもののりなしてくるさま見つつ皇居こうきょに住みて十五年じゅうごねん

平成五年十二月に現在の御所に移居されて以来、皇居内で多様な生物が互いに影響し合って生きている様子をご覧になりながら過ごされた十五年の感慨を詠まれた御製

平成22年 お題「光」

御製

れ日の光を受けて落ち葉敷小道こみち真中まなかくさあおみたり

吹上御苑内の小道を御散策の折、光が木々の間から差し込んでいる所には、草が青く生えている情景をご覧になって詠まれた御製である。

平成23年 お題「葉」

御製

五十年いそとせいわひの年に共にきし白樺しらかばの葉にあつき日の射す

御成婚五十年に当たる平成二十一年の立春、天皇陛下は皇后陛下と御一緒に御所の近くに植えられた白樺から種を採り、お蒔きになった。この御製は、その種から育った若木の葉に夏の暑い日の光が当たっている情景をご覧になって詠まれたものである。

平成24年 お題「岸」

御製

津波つなみし時の岸辺きしべ如何いかなりしとろす海は青く静まる

この御製は、昨年五月六日、東日本大震災被災地お見舞いのため岩手県に行幸啓になった際、釜石市と宮古市の間をヘリコプターにお乗りになり、津波により大きな被害を受けた被災地を上空からご覧になったときの印象を詠まれたものである。

平成25年 お題「立」

御製

万座毛まんざもうむかしをしのびめぐり行けば彼方あがた恩納岳おんなだけさやに立ちたり

昨年十一月、天皇皇后両陛下が、沖縄県で開催された全国豊かな海づくり大会の機会に恩納村の万座毛にお出でになった際この地と恩納岳が琉歌に詠まれた十八世紀の琉球王朝の時代に思いをいたされ、お詠みになった御製。

平成26年 お題「静」

御製

慰霊碑いれいひの先に広がる水俣みなまたの海青くして静かなりけり

天皇皇后両陛下は、昨年十月の全国豊かな海づくり大会御臨席のための熊本県行幸啓の際、海上歓迎行事御臨席及び御放流等のため水俣市を初めて御訪問になった。水俣市では、御到着後すぐに、水俣病慰霊の碑に御供花されたが、その折、慰霊碑の先に広がる水俣の海を御覧になり、お詠みになった御製

平成27年 お題「本」

御製

ゆうやみのせまる田にみのりたる稲の根本にかまをあてがふ

天皇陛下は、毎年、春には種籾をおまきになり、初夏には二百株を何日かに分けてお田植えになり、秋には同様にして稲を刈り取られます。この御製は、秋の夕闇が迫る中、稲刈りをなさっている時のことをお詠みになったもの。
(なお、一部は根付きの稲として、神宮の神嘗祭にお供えになります。)

平成28年 お題「人」

御製

たたかひにあまたの人のせしとふしまみどりにて海によこたふ

天皇皇后両陛下は、昨年四月、慰霊のためパラオ共和国を訪問された。この御製は、先の戦争の激戦地ペリリュー島で西太平洋戦没者の碑にご供花になり、引き続いて、そのそばから見えるアンガウル島に向かって拝礼された時のことをお詠みになったもの。

平成29年 お題「野」

御製

邯鄲かんたんの鳴く聞かむと那須なすの野につどひしよるをなつかしみ思ふ

天皇皇后両陛下は、夏の時期、那須御用邸で数日間をお過ごしになります。那須御用邸では、陛下のご意向を受け、平成九年以降、計十年間にわたって、栃木県立博物館が中心となり敷地内の動植物相調査が行われ、報告書にとりまとめられました。この御製は、嚶鳴亭近くで、夜間、研究者から説明をお聞きになり、邯鄲の声をお聞きになったときのことを思い起こされてお詠みになったものです。

平成30年 お題「語」

御製

かたりつつあしたのそのを歩み行けば林の中にきんらんの咲く

天皇皇后両陛下は、毎日早朝に吹上御苑をご散策になることを日課とされていますが、特に毎日曜日は、東御苑を訪ねられ、二の丸、本丸の庭園をご覧になります。この御製は、春、ご散策の途中二の丸庭園の雑木林の中で珍しいキンランをお見つけになったときのことをお詠みになったものです。
(注)キンランは、天皇陛下が戦後間もない時期に小金井にお住みになったときに初めてご覧になった、お懐かしい思い出のある花です。

平成31年 お題「光」

御製

おくられしひまはりのたねそろひ葉を広げゆく初夏の光に

平成十七年に阪神・淡路大震災十周年追悼式典のため兵庫県に行幸啓になった折、御懇談になった遺族代表の少女から両陛下に「はるかのひまわり」の種子が贈られました。両陛下はこの種を御所のお庭にお播きになり、翌年以降も毎年、花の咲いた後の種を採り育て続けてこられました。御製は、このヒマワリが成長していく様をお詠みになったものです。
(注)「はるかのひまわり」は、阪神・淡路大震災で犠牲になった当時小学校六年生の加藤はるかさんの自宅跡地にその夏に咲いたヒマワリで、地元の人々が鎮魂と復興の象徴にと、種子を取って各地に広げたもの。

シェアする